鮮やかさ

お早うございます。プレシャスライフレコーズへようこそ。本日は「走馬灯」のご注文ということで。はい。はい。いえ、大歓迎でございます。今や「走馬灯」は死を間近にした時にだけ見るものではございません。むしろ未来に多くの時間を持つ方にこそ必要なものと私どもは信じております。

それではこちらに横になってください。記憶をスキャンさせていただきます。しばらくかかりますから、楽になさっていて結構でございます。

 

お待たせいたしました。こちらの装置をつけて、「走馬灯」をご確認いただけますでしょうか。

 

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一欠片の雲も浮かんでいない空は異様に青くその異様な青さを見ただけで季節は晩秋であることがわかるその空を見ると宇宙が真空であることを直感的に理解できる。日差しは明るい色調を帯びており景色はうっすらと黄金色に発光しているかのようで私はそれを見て山吹色に塗り潰したレイヤーをオーバーレイで重ねたようだと思うその景色は大学の構内の景色である。私たちはこれから畳んでおいたテントを片付けにいくのだどうしてテントが畳んであるかというととても風が強いからでどうしてテントがそもそもあるのかというとゆうべまでそこでお祭りがあったからだそのお祭りの気配がまだ色濃く構内に留まっている中風の強い中を歩いて行ったことと濁りのない青空を私はよく覚えている。

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とても冷たい水が水道から出ていてその水道はふだんそこにはない水道でそこは屋外なのだったみんなが使った後のそのシンクを洗って生ごみをせっせと片付けている私たちは気温が低く水が冷たく空は真っ暗であるにも関わらず笑い出さずにはいられない。もうそのあたりに私たちのほかにほとんど人はいなくて私たちは有名な映画の歌を歌い始める歌っているとますます可笑しくなってきて私たちはこの世が終わる直前のように晴れやかな何も憂いのない何も恐ろしくない気持ちで繰り返し繰り返しその歌を歌っていて日頃には何とも思わないような街灯の光が燦然として眩しく水はとても冷たい。

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枯草色の芝生に適当な布を敷いてあぐらをかいて座り込む周りには大勢人がいて誰一人として私のことを気にしていないみんな好きなようにしている私はみんな好きなようにしているのが好きなんだと理解する。太陽の光は飽くまでも暖かく手には冷たい酒と熱い食べ物があって賑やかな音楽とさんざめきが不思議とむしろ静かに感じるその全部を聞いていて全部を聞いていないそしてこの世で一番楽しい匂いであるところのクミンと肉と炭火の匂いが至る所でもうもうと湧き上がっては空気中に流れ出して漂っている。真昼間に温泉に浸かっているみたいな気分だ何もいらないと思うずっとこのままここに座ってこの音と匂いと日光の暖かさとを知覚していることができるなら何もいらないと思う。